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河合秀和訳、上下2巻、岩波書店、2002年刊
2000年に出たこの浩瀚な評伝、以前にもご紹介したところですが、英国歴史学の伝統を踏まえたものか、総じて最新の資料を駆使して克明かつ実証的な作品に思えます。レーニンに向ける著者の目はクールで、あちこちにイギリス人らしい皮肉がちりばめられ、また理論・思想面での理解はとても行き届いたものとは言えませんが、思い入れ少なく対象に距離をとっている点、ひとつの価値かと思います。
ただし訳書には、引用文献の邦訳ページが示されていないのが残念(というか不便)。レーニンの著作はロシア語版『全集』第5版に依拠しており、同第4版の翻訳である日本語版とは巻数も対応しておらず、せっかくの文献註がほとんど利用価値のないものになっております。訳者としては、原注からロシア語版全集に当たり対応する日本語版全集でその引用箇所を検索する作業はさぞ大変とは思いますけれど、この種の文献の訳業としては、やはり手抜きといわねばなりません。
その他、関連著作を点検していれば避けられたはずの問題も散見されます。たとえば有名なツィンメルヴァルド会議について、“トロツキーの言葉によれば、マルクスの第一社会主義インターナショナル設立から半世紀後においても、ヨーロッパの国際社会主義者の全員は四台の大型バスに乗せられる程の数であった”(上巻、p.328)とあるのですが、実際の参加者はわずか11ヵ国38名に過ぎなかった(ドイッチャー)のですから、当時の「大型バス」がどんな代物であったにせよ4台など要るはずなかったとすぐわかりましょう。トロツキー『わが生涯』にあたってみれば「大型バス」ではなく「乗用車」だったことを確認できます。原著で「乗用車」が「バス」となっていたなら不注意かもわかりませんが、訳者はここでは“ヨコのものをタテにする”だけの作業に終始していたことがわかります。
もうひとつ、これは内容理解に入り込むことですが、カウツキー論難にあたってレーニンが“カウツキーは「万人のための娘」――ドイツ政府との衝突が避けられるものなら、政治生活に携っているものなら事実上誰とでもベッドをともにする政治的売春婦――だと、かれは主張した”という記述があるのですね(上巻、p,330)。実はこの罵倒語はレーニンのものではなく、レーニンに先行していたカウツキー批判者・ローザ・ルクセンブルクのものでした。これは以前に少し立ち入った点なので今回は指摘だけにしますが、あの罵倒男レーニンならこんな下品な言葉も使いかねない、あるいは女性であるローザ・ルクセンブルクが論敵を非難するのに娼婦呼ばわりするなど考えられない、といった先入観や性的偏見がまといついている問題ですから、事実関係について訳注を付してしかるべきところと思います。もっともこの訳書、いわゆる「訳注」はないのですけど。
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