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【第10章】4 第1段切り(3) 補足:「過渡」と「前夜」の認識次元

 投稿者:*鬼薔薇  投稿日:2007年 3月28日(水)00時13分22秒
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  過去ログから再掲した先のメモ(03年9月)で、わたしこう書いておりますね。

>>革命勃発後に書かれた「序文」、権力を掌握した立場で書かれた「〔未刊に終った〕仏独語版序文」では“前夜”と言っているのに対し、『帝国主義論』と同年に執筆された「分裂」論文では、検閲への考慮は不要であるにも関わらずこの表現をとってはおりませんが、いずれにせよこれら一連の発言で「過渡」「移行」「前夜」と言われた認識が、ものごとの客観的な意味についての認識であることは明白でございましょう。言いかえれば、歴史における客観的な意味としてみれば「独占」は資本主義から「社会主義」への過渡であり、「帝国主義」はプロレタリア革命の前夜である、このレーニンの認識次元は明白と思います。(下線はこのたびのもの)

読み返すと、当時は未だテキストの読みが足りなかったことを痛感させられます。「過渡」もしくは「移行」と「前夜」という用語法の差違には、本文執筆の「16年」と帰国後序文の「17年以後」とのあいだの落差がに横たわっていたはずなのに、“いずれにせよ”などという表現でつないでしまっているのは、そこへ確と目が届かず、二つの年の落差を捉え得ていないがゆえの曖昧な表現であったと思わぬわけにはまいりません。

亡命先のスイスで『帝国主義論』や「分裂」論文をシコシコ書いていた1916年、レーニンにとって切実な現実は荒れ狂う「ヨーロッパ大戦」であり、そのもとで社会主義運動が直面した特殊な困難でございました。そのとき彼と彼の「党」にとって、「プロレタリア革命」は未だ信念――それがどれほど確固たるものだったとしても――に過ぎず、現実の革命はなお地平線の下にあったこと、年明け17年1月の次の表白から明瞭と存じます。

「われわれ老人たちは、おそらく、生きてこのきたるべき革命の決戦を見ることはないであろう。しかし、私は、固い確信をもって、つぎのような希望を述べてよいと信じる。それは、スイスや全世界の社会主義運動でこのようにりっぱに活動している青年諸君は、きたるべきプロレタリア革命で闘争するだけでなく、さらに勝利もする幸福をもたれるであろう、ということである」(「一九〇五年革命についての講演」、邦訳『全集』23巻、p.277-8)。

このときレーニンは男盛りの46歳。平均寿命の伸びを考えれば今なら50代半ばくらいだとしてもまだ「老人」と呼ぶには早かったはず。青年労働者相手の講演だったのでこんな言い方をしたのかもわかりませんし、この時期けっこう落ち込んでいたのも事実のようですが、それを割引いてみても、これは単なる「悲観論」ではなく、プロレタリア革命は不可避であるという“固い確信”はあっても実際の革命がいつ起こるかはまったく霧の中だったことを示すものと思います。そしてこの講演の翌月、故国ロシアで「二月革命」が勃発いたします。それはレーニンを含む亡命革命家たちにとって、予想を超えた事件でございました[*]。

「自由競争の地盤のうえに、しかもほかならぬ自由競争のなかから成長する独占は、資本主義制度からより高度の社会=経済的制度への過渡だ」(『帝国主義論』第10章〔前出〕)。
「資本主義から生じる独占は、すでに資本主義の死滅であり、資本主義から社会主義への移行の始まりである」(「分裂」論文)。

“ものごとの客観的な意味についての認識という…認識次元”と書きましたのは、「二月革命」前の時期の認識にこそ当てはまるものであり、対して「帝国主義は社会主義革命の前夜」(序文)という言葉は、革命が現実のものとなった時点でのもの、ひとつの結果認識として、認識次元を区別すべきところでございましょう。

後者は決して「理論的予測」や「客観的法則性」の次元にあるのではないことを、ここで確認しておきたく思います。「帝国主義戦争の必然性」(第7章末尾)のテーゼも実は同じことで、『帝国主義論』は、現実に起こってしまった戦争がなぜ起こらざるを得なかったか、その必然性を論証し、その戦争に対する根源的な批判=闘争を企図したものであって、時空を超えた普遍的な「法則」を述べたものではございません。世の「教条主義」というのは、あれこれのテーゼをそれが成り立つ条件から切断して超越的な「法則」(絶対真理)へ“高め”てしまう心的構造を言うのでございましょう。

これは、およそ革命観というものを考えるとき、理論的予測(必然論)と「目的意識性」と政治集団の「恣意性」とを区分けする上で、きわだって重要な問題と思います。ここには、「軍備撤廃」スローガンをめぐる戦時下の国際社会主義者のあいだでの論争、1905年革命の教訓から引き出される革命権力「ソビエト」論、あるいはまたスイス亡命中の「哲学」研究とボグダーノフ批判の含意など、いくつもの論点が関連してまいりましょう。それぞれまた考える機会を持ちたく思いますが、ここ『帝国主義論』まわりについていえば、カウツキー批判の位置と軸もまた、こうした問題圏において捉えなおされるべきかと存じます。

以上、ちょっと寄り道ふうの補足ですが、第7章でそれまでの叙述を総括して、

「帝国主義とは独占体と金融資本との支配が形成されて、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割がはじまり、最大の資本主義諸国による地球の全領土の分割が完了した、そういう発展段階の資本主義である」(岩p.146/国p.116/濤p.145)。

という定義=第一の根本規定を与えた後、これは「基本的な純経済的概念」に「限定されている」(岩p.146/国p.116/濤p.145)とし、「あとで見るように、……資本主義一般にたいする資本主義のこの段階の歴史的地位とか、あるいは労働運動の内部における二つの基本的傾向と帝国主義との関係とかを念頭におけば、帝国主義についてこれとは違った定義をすることができるし、またしなければならない」(前同)としておりました(前出)。

すなわち第10章は、“労働運動の内部における二つの基本的傾向と帝国主義との関係”という観点から「帝国主義とは腐朽しつつある資本主義である」という第二の根本規定を導いた第8(〜9)章を受け、“資本主義一般にたいする資本主義のこの段階の歴史的地位”が取り上げる位置にあること、「帝国主義の歴史的地位」という章の標題そのものが示しているはずでございます。そこでなぜ「社会化」問題が重要な意味を持つのか、後段を読み進めながら考えてまいりましょう。


[*] このときチューリヒにあってロマノフ朝の突然の瓦解を知った亡命革命家たちの驚き歓ぶさまは、ロバート・サーヴィスの評伝『レーニン』が活きいきと描き出しております。

《その日は、チューリッヒの亡命者仲間たちとの大騒ぎの会合で終わってしまった。握手をしあい、祝福の言葉を交し、革命家を歌った――レーニンは、そのような機会にはバリトンの声で歌うのが好きであった。ナジェージダ・コンスタンチノヴナ〔クルプスカヤのこと―引用者〕はお祭り騒ぎで我を忘れ、その日のことは何も思い出せなかった》(邦訳下巻、p.12-13)。
 

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