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【第10章】8 第2段切り(2) 補足:“日和見主義についての楽観主義”

 投稿者:*鬼薔薇  投稿日:2007年12月16日(日)12時38分58秒
  通報 編集済
  マルトフの名を挙げて、「これは日和見主義についての楽天主義であり、日和見主義の隠蔽に役立つ楽天主義である」(岩p.203/国p.164/濤p.207)と論難したくだり、テキスト本文だけでは論旨が読み取りにくいうらみがございます。“この論旨の実践的背景を理解する上では、この論点を全面展開した論文「帝国主義と社会主義の分裂」と併せ読む”必要を申しましたその「分裂」論文を、補足的に参照しておきたく思います。

まず、当該のマルトフの主張を『組織委員会在外書記局通報』*(1916年4月10日付第4号)からのレーニンの引用でみてみましょう。
〔*1915年2月から17年3月まで計10号スイスで発行されたメンシェビキの新聞〕
「もし知的発達の点で『インテリゲンツィア』のもっとも近く、もっとも熟練した労働者群が宿命的に革命的社会民主主義派を去って日和見主義にはしったとすれば、革命的社会民主主義派にとって、事態ははなはだかんばしくなく、絶望的な状態であるとさえ言えるであろう」。
(本当はマルトフの原文に当たるべきところ、文献的な制約からやむをえません。わたし実はこのエリ・マルトフという人物の思想と行動にはけっこう関心あるのですが)。

このマルトフの言葉を「詭弁」としてレーニンが書き付けた打撃的なコメント、少し長くなるのを厭わず引用しておきましょう。

一定の労働者層が日和見主義と帝国主義ブルジョアジーとのがわに去ったという事実を、「宿命的」というばかげた言葉とある種の「すりかえ」とによって、回避しているのだ! しかも、組織委員会の詭弁家たちに必要だったのは、まさにこの事実を回避することにほかならなかった! 彼らは、いまカウツキー主義者のヒルファーディングその他多くの人々が見せびらかしているあの「お役所ふうの楽観主義」でお茶をにごす。いわく、客観的諸条件は、プロレタリアートの統一と革命的潮流の勝利とを保障している! いわく、われわれはプロレタリアートにかんしては「楽観論者」である!
 しかし実際には、これらすべてのカウツキー派、ヒルファーディング、組織委員会派、マルトフ一派は、……日和見主義者にかんして楽観論者なのである。これがかんじんの点である!
 プロレタリアートは、資本主義の子――ヨーロッパ資本主義だけでなく、帝国主義的資本主義だけでもなく、世界資本主義の子である。世界的な尺度で見れば、五〇年早いにせよ五〇年遅いにせよ、…たしかに「プロレタリアート」は統一を達成するで「あろう」し、プロレタリアートのあいだで革命的社会民主主義派が「不可避的に」勝利するであろう。だが、カウツキー派の諸君、それが問題なのではなく、いま諸君がヨーロッパの帝国主義諸国で日和見主義者に追従しているということが、問題なのである。この日和見主義者は、階級としてのプロレタリアートと無縁のものであり、ブルジョアジーの召使、手先、その影響の伝達者であって、彼らから解放されなければ、労働運動はブルジョア的労働運動にとどまるのである。諸君が日和見主義派との、レギーンやダヴィドら、プレハーノフら、またはチヘンケリやポトレソフなどとの「統一」を説いているのは、客観的には、帝国主義的ブルジョアジーが労働運動内の彼らの最良の手先をつかって労働者を奴隷化するのを、擁護することである》(旧版『レーニン選集』第6分冊、p.178-9/大月版『全集』第23巻、p.118-9。アンダラインは元文傍点。以下同)。

つまり、もし発達した資本主義が日和見主義を助長し、労働者階級の上層部が日和見主義に傾くのが不可避だとすれば革命などは望みなき企てということになるが、そんなことはない、プロレタリアートと革命の将来を悲観することはないのだというマルトフ流の「楽観主義」は、レーニンの視点からすれば、今このとき、戦時下における日和見主義の影響が拡大している状況との対決を軽視し、その対決から身を逸らすものにほかならず、メンシェビキや、ボルシェビキとメンシェビキとの「調停」を試みるトロツキーらの思想と行動は、当面する反戦・反帝闘争を革命へと発展させる道行きを誤らせるものとならざるをえません。ここには、ツィンメルヴァルドとキーンタールというふたつの反戦派社会主義者の国際会議を主舞台として表現された反戦派社会主義の内部での対立軸が浮き出ております。上の論争的コメントはあくまでロシア的文脈にございますが、これが戦争を契機とする社会主義運動の国際的分岐=分裂であること申すまでもなく、その意味合いは、16年末に書かれたまま発表の機会を持てなかったアピール文「反戦闘争と自国政府のがわについた社会主義者に反対する闘争とを支持する労働者へ」(『全集』第23巻所収)に鮮明と思います。

先の、『帝国主義論』第10章第二段切りの最後の「帝国主義に対する闘争は、それが日和見主義にたいする闘争と不可分にむすびついていないならば、一つの空疎で虚偽な空文句にすぎない、ということを理解しようと欲しない人々ほど危険なものはない」(岩p.203/国p.164/濤p.207)という文言は、この戦時下における党派闘争のなかに搾り出されたテーゼとしてその位置を確定して読まれるべきものでございましょう。それは『帝国主義論』という著作そのものが持つ政治的位置でもございます。

第一次大戦下におけるヨーロッパ社会主義運動のこうした党派事情を抜きに上のテーゼの論脈を一般化してしまえば、もうひとつの「日和見主義」の温床と擬似左翼的セクト主義の自己正当化の論理となること、前回にコメントしたとおりでございます。30年代の「社民主要打撃論」は全世界の少数派共産党に「分離主義」の傾向を広く蔓延させ、その否定的な影響は第二次大戦後にまで持ち越されました。その基調は、共産党の「スターリン主義」を乗り越えると自称した「革命的左翼」にもほぼ無批判に受け継がれたと思われますし、その克復に必要な思想闘争はなされぬまま今日の解体状況を迎えてしまったのではないでしょうか。訳知り顔で語られる昨今サヨクの「反レーニン主義」などはこの思想闘争を回避した卑俗なケースのように思われてなりません。それは畢竟、今日の階級闘争・反帝闘争が直面する歴史的な局面とその固有の問題を直視したがらぬ脆弱な精神の発露のひとつではないでしょうか。

今レーニンを「読む」ことの固有の意味をあらためて考えさせられるところと存じます。
 

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