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解読を終えて

 投稿者:*鬼薔薇  投稿日:2008年 2月 3日(日)23時56分25秒
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  昨年末でとりあえずテキストの叙述を最後までトレースいたしました。
当初1年程度と考えておりましたのが予想を超えて長期にわたり、その過程で参加者が一人減り二人減りして結局わたし独りになってしまった、つまり“読書「会」”としては失敗・解体・崩壊という無様な経緯を晒した数年を振り返れば、苦い思いの幕引きではございます。

かつて『帝国主義論』は、左翼運動界においていわゆる「学習会」の定番のひとつであり、初めてこの書を繙く者は、新しい知的領野に踏み入る体験にわくわくしたものでした。今、左翼の総敗北と残党の「サヨク」化に露している知的荒廃と理論的頽廃の中でこのテキストを「読む」のは、そんな心楽しさと正反対の苦々しさを反芻しつつ瓦礫をかきわけて道をたどる気分とでも申しましょうか。

原田三郎・庄司哲太共著『帝国主義論コメンタール』を(原点の論脈を正確に追うという基本姿勢において)参照しつつ、その理解や視点にはいくつかの点でラッダイトを試みつつ、全体としては『帝国主義論』を「経済学」として読むという伝統的な立場を越えることを念頭におきつつ解読を試みたつもりではございますが、どこまでそれを果たせたかはわかりません。国家論(政治学)は『国家と革命』、組織論は『何をなすべきか』、そして経済学は『帝国主義論』という定型的理解に立った伝統的な「レーニン主義」像を総体として批判・解体し「レーニン」像を再構築するという遠大な課題になにほどか接近できたかとなれば、ようやくそのとば口にさしかかったところかもわかりません。

『帝国主義論』公刊から90年を経た今日、テキストを通じて原著者が生きた時代を思い描きますと、今「レーニン」は、レーニンにとっての「マルクス」よりはるかに旧い時代の革命政治家ということになります。その遺作を今「読む」とは、原著者の生きたソウルを正当に「歴史」のなかに定位すること、言い換えればレーニンを「歴史化」する営みとならざるをえないことをあらためて確認させられます。それは、古き伝統と化した「マルクス・レーニン主義」それ自体を歴史のなかに定位しつつ、わたしたち自身が今という時代に対峙する姿勢を問いなおす自由度を新たに獲得する作業でもございましょう。

そのあたりを念頭にいくつか「総括」めいたことどもを記して、自壊せる読書「会」の幕を降ろすことといたしましょう。
 

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