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【総括】2 対象認識と主体意識

 投稿者:*鬼薔薇  投稿日:2008年 2月15日(金)22時54分59秒
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  マルクスの歴史観では、資本家階級と労働者階級の「中間」に位置する社会層は近代以前の社会構造の残存物であり、資本制の発展に伴ってますます二大階級へと分化を遂げていくはずのものとして考えられておりました(自営農民、独立自営業者、等々)。けれども、独占段階に入った資本制のもとで、これら伝統的なものがあらたな基礎の上に再生産され再編成されると同時に、それと異なる新しい性格の「中間層」が姿を現すこととなります。

先に注目した「社会化」との関連で第2章「銀行とその新しい役割」に引用されたシュルツェ=ゲーヴァニッツの記述と、それに対するレーニンのコメントを振り返りましょう。

「『三〇年前には、自由に競争しつつある企業家たちが「労働者」の筋肉労働の領域に属しない経営的労働の十分の九をおこなっていた。ところが今日では、事務員たちがこのような経営的頭脳労働の十分の九をおこなっている。銀行業務はこの発展の先頭に立っている』。シュルツェ=ゲーヴァニッツのこの告白は、つまるところ、最新の資本主義、すなわち帝国主義的段階にある資本主義はなにものへの過渡であるか、という問題に通じる」(岩p.66-7/国p.52/濤p.65)。

ここで着目された「事務員」とは、「労働者(ブルーカラー)」と区別される「職員(ホワイトカラー)」層――要するに「サラリーマン」――にほかなりません。第二次大戦後の日本では、「労働者(工員)」も「職員」も等しく「従業員」もしくは「社員」として遇されるケースが大半のためややイメージしにくいかと思いますが、欧米でも途上国でもこのふたつの層の区別は明確でございます。たとえば「賃金」というのは「労働者(工員)」に支払われるもので多くは週払いなのに対し、「職員」に支払われるのは「賃金」ではなく月払いの「俸給(サラリー)」ですね(日本でも戦前はそのような仕組みだったと仄聞いたします)。“なにものへの過渡であるか”というのはもちろん「生産の完全な社会化」=すなわち「社会主義」への移行を含意した表現であり、ここでレーニンは、独占段階に達した資本制においてもはや「企業家=資本家」たちが生産の組織管理にとって不要な存在と化しつつあるとの時代認識を示していることになりましょう。マックス・ウェーバーなら「官僚」というカテゴリーを持ってくるところでしょうし、徴兵制の上に立つ近代軍隊についても、「兵士」に対する「将校」という層が職業的に成立いたします(ウェーバーは近代軍隊組織を「官僚制」の一類型として捉えております)。

こうした“経営的頭脳労働”にたずさわる(つまりマネージメント能力を備えた)「事務員・職員・官僚」層の役割は、ロシアでは革命後の組織運営における「専門家」問題としてあらためて重要な意味を帯びて登場するテーマになりますが、ここでは、レーニンが独占段階に至った資本制のもとでの社会的な階層分化をはっきりと射程に入れて社会主義への移行を構想している点に着目しておきたいと存じます。

カウツキーに代表される第2インター・マルクス主義は「二大階級への分化」という古典的認識を墨守してきたところでしょう。それに対して実は社会層はより複雑な分化を遂げているという事実にいち早く注目したのがかのべルンシュタインであったこと、広く知られているとおりでございます(『社会主義の諸前提と社会民主党の任務』)。レーニンもまた、別な視角から、同じこの事実に着目していたこと、したがってカウツキー的な正統派を「中央派」と名づけたのも、単なる“政治路線”のスペクトルにおける位置取り以上に本質的な「階級」認識にかかるところであったこと、それをレーニンの政治思想の位置として、ここでは確認しておきたく思うところでございます。
※この点に関連して、かつて(ローザ・ルクセンブルクへの関心を軸に)蘇丹・加里耶夫さんからご指摘があり、亀嶋庸一著 『ベルンシュタイン : 亡命と世紀末の思想』に触れての当時の関連議論を[資料室]に収録してございます。

先に次のように述べました。
“当の「階級」〔プロレタリアート〕自体が戦争を契機に歴史的な分解=分裂を生じている現実を見据えた記述は、「労働者階級」がもはや第二インタナショナル時代のような即自存在(「在る」ものとしての「労働者」の総体)として語りうるものではなくなっている現実への冷徹な自覚に貫かれております。レーニンがしばしば用いる「自覚したプロレタリアート」の“自覚”もそうした主体の形成という課題を提示した言葉でしょう”。

ただし、とつけ加えておかねばなりませんが、この“自覚した”という形容詞が実際に指し示す内容は、必ずしも明瞭ではございません。“階級意識ある”と言い換えても同じことで、その「階級意識」なるものが誰によって産出され誰によって体現されるのか、そこには「主観性」へ転落する限りない深淵が暗い穴を拡げていること、ブハーリン、ピャタコフらいわゆる「左翼共産主義者」や短命に終わったハンガリー・ソビエト権力崩壊後のルカーチの思想と行動が当時すでにその危うさを表出しておりました。レーニン自身は独特の現実感覚をもって主観主義への転落に歯止めをかけていたことと思われますけれども、そうした転落防止装置を組織のものとできたのか、考えると疑問は深まらざるをえません。これは、後の「スターリン主義」の思想構造を考える上でも無視できぬ要素ではないかと存じます。実践的にはそれは、コミンテルン4回大会以後の「統一戦線」問題について、その“階級的基礎”の検討を要求するでしょうし、諸「民族主義」運動の評価軸を問い直すものでもございましょう。それは「階級」の存在を原理論ではなく実体論のレベルで検討するという(レーニンが保持した)観点を貫くことにほかなりません。凡百の「階級意識」論はこの実体レベルでの現実認識から眼を閉ざして観念の空間に自閉するとき、際限のない主観主義へ転落するのだと思うのでございます。20世紀の左翼革命主義における「レーニン主義」の強力な呪縛を解除しようとすれば、このあたりに思考の腰を据えてかかるべきではないのでしょうか。

「階級」問題は「大衆」問題と関連し、すでに50年代リースマンの『孤独な群集』で話題を呼び、その後の「大衆社会」論へ引き継がれてまいりました。「民主主義」の議論もそこであらたな地平に立ったこと、松下圭一氏らの仕事に現われていたかと存じます。この読書会でも、「帝国主義」問題を「大衆社会」論的な視点から捉えなおしてみてはとの刺激的な提起があったところで、大きなテーマのひとつとして考えてまいりたく存じます。その際問題になるのはやはり「国家」でございましょう。ベルンシュタインにおいても左翼系においても、「階級」は「国家」という枠組みで考えられてきたのではなかったでしょうか。それにはそれだけの時代的背景もあったはず。そして現代、この「国家」的枠組みとの関連で「階級」や階層分化を捉え直すべきところにわたしたちはいるような気がするのですね。

それにしても、次の文言は今日、重たい意味を、いえ、暗澹たる気分を覚えずに読むことはできません。

「この外皮は、その除去が人為的にひきのばされるばあいには、不可避的に腐敗せざるをえないものであり、また、比較的長いあいだこの腐敗状態をつづけることがありうる……にしても、しかし結局はかならず除去されるであろう」(前出)。

まったく、“比較的長いあいだ”どころかなんと延々たる時間“ひきのばされ”てきたものでしょう。そして“不可避的に腐敗せざるをえない”、その「腐敗」の広がり深まる事例は、行政から金融機関そして大小の民間企業、ビジネスからサービス、地域社会から家庭に至るまで、枚挙にいとまがないほど全「社会化」していること、毎日の新聞紙面に事例を事欠くこともございません。「外皮」を剥ぎ取ったはずの「社会主義」自身が別の“外皮”の内に“腐敗”し、あげく無残な“崩壊”を遂げてしまいました。かつてカウツキー的な教条マルクス主義が「修正主義」と「革命主義」へ引き裂かれたように、「レーニン主義」もまた20世紀後半の歴史過程のなかでちぢに引き裂かれてまいりました。それどころか、「バーゼル宣言」が示した「戦争と平和」の価値体系そのものが解体し拡散を遂げているのが現代にほかなりません。そのように客観的事態が進んだことこそ、ここ20年ほどの「新自由主義」の跳梁の条件であり、またその新たな事態に対する政策路線としての「市場原理主義」の根拠をなしていたと存じます。

このとき、古い価値規範へ回帰するのでなければ何を新たに切り開くべきなのか、亡命地にあってこの書を書き綴った原著者の胸に渦巻いていたであろう熱い意志に思いを馳せつつ考えてみるべきところでございましょう。「死滅しつつある資本主義」を歴史のなかに埋葬する仕事は、かかって今を生きる人間の未来への意志にこそあるのですから。
 

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